東京地方裁判所 昭和44年(むのイ)1320号 決定 1969年7月10日
被告人 野島昭
決 定
(被告人氏名等略)
右の者に対する公務執行妨害被告事件(当時被疑事件)について、墨田簡易裁判所裁判官が昭和四四年一月二八日にした差押許可の裁判ならびに警視庁深川警察署司法警察員巡査部長新海正勝が右許可状により翌二九日被告人(当時被疑者)に対しなした差押処分に対し、同年六月二五日被告人から、その各取消を求める準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件各準抗告の申立を棄却する。
理由
一、本件各準抗告申立の趣旨および理由は被告人作成名義の「準抗告の申立」と題する書面および「準抗告申立書追完書」と題する書面にそれぞれ記載してあるとおりであるからここにこれを引用するが、所論は要するに、被告人(当時被疑者)に対する公務執行妨害被疑事件について、墨田簡易裁判所裁判官が昭和四四年一月二八日なした差押許可の裁判ならびに警視庁深川警察署司法警察員巡査部長新海正勝が右許可状により翌二九日なした差押処分は、いずれもその必要性がなかつたことが明らかであるから、これが各取消を求めるというにある。
二、そこで、関係諸資料によれば、本件差押許可の裁判および右差押許可状による差押処分が行われるに至つた経過は次のとおりと認められる。
(一) 被告人は、昭和四四年一月一八日、いわゆる一、一八神田・お茶の水事件で公務執行妨害行為を行つたものとして現行犯逮捕され、ついで同月二一日、代用監獄警視庁深川警察署留置場に勾留され、同月二九日、右勾留の期間を同年二月九日まで延長された。
(二) 墨田簡易裁判所裁判官は、昭和四四年一月二八日、同日付の警視庁深川警察署司法警察員警部石川正二の請求により、被告人に対する公務執行妨害被疑事件について、被告人が逮捕時に着用していた一、黒色防寒ジヤンパー一、白つぽいズボン一、白つぽい運動靴一、茶と黄の格子シヤツの計四点の差押を許可する旨の裁判をなした。
(三) 警視庁深川警察署司法警察員巡査部長新海正勝は昭和四四年一月二九日、右差押許可状により、同署取調室において、被告人から右四点を差押えた。
三、次に右差押許可状を請求した当時の捜査の進展状況についてみると、関係諸資料によれば次のとおりと認められる。
(一) 本件事犯は、昭和四四年一月一八日、神田・お茶の水周辺で被告人を含む多数学生らが共謀のうえ、警察官部隊に対し、激しく投石等を行い、その公務の執行を妨害した集団的事犯であるところ、被告人逮捕後の捜査遂行の結果、右差押許可状を請求した当時には、被告人は多数学生らの中にあつて卒先して何回かの投石行為をなすとともに、犯行の指導的役割を果したとの嫌疑が濃厚になつてきていた。
(二) しかし、被告人は、逮捕当初より逮捕の不当性を強調し、事実関係については一貫して黙秘ないしは全面的否認の態度をとつており、右差押許可状請求当時も被告人から事実関係について供述を得られる状況にはなかつた。
(三) そのため、当時は被告人の犯行時の具体的行動等については、その解明が未だなされておらず、他の何らかの手段によるその早急なる解明の必要が特にあつた。
四、(一) ところで、被告人は前記「準抗告の申立」と題する書面で次のように主張している。すなわち「1被告人が逮捕時着用していた前記四物品は、犯行現場で撮影された写真と照合するためだけの価値しかない証拠品であるところ、被告人は逮捕直後、警視庁麹町警察署において逮捕時の服装のまま全身写真の撮影を受けており、現場写真による被告人の具体的行動等の解明のためには、右の全身写真で十分まかなえたはずである。とりわけ前記四物品のうち格子シヤツはジヤンパーの下に着用していて外部からは見えなかつたものであるから現場写真との照合という観点からは証拠品としての価値を全く具有していないはずのものである。2右四物品は差押許可状請求当時および差押処分当時被告人が着用していたものであるところ、特に厳寒の季節に勾留中の者から右のような物品を差押えることは特別の肉体的苦痛を与えるものである」と。
(二) そこで被告人の右主張に即してさらに関係諸資料を精査検討すると、
1 前記四物品につき差押許可状の請求をなしたのは、主として被告人の具体的行動等の解明のため多数枚の現場写真を照合検討する必要からと認められるところ、当時、現場写真の照合検討のためには被告人主張のように逮捕直後撮影した被告人の全身写真があれば事足りると判断すべき明らかな資料は存在しなかつたと認められるのであり、むしろ、現場の混乱した状況、被告人が黙秘ないし全面的に否認する態度をとつていたこと、被告人の本件犯行において果した役割・地位についての嫌疑等に鑑みれば、被告人の具体的行動等を解明し、その罪責の有無、軽重を確定するためには特に慎重詳細な現場写真の検討の必要があり、そのためには右の全身写真では不十分な場合のありうることが十分想定しうる事情にあつたことが認められる。
(なお、差押許可状請求当時の資料では差押の目的物たる前記四物品のうち格子シヤツについて、被告人主張のようにそれが犯行時において外部から全く見えなかつたとまでは認められないのであり、従つて右格子シヤツが現場写真との照合には全く意味をなさないものであると断定できる状況にはなかつた。)
2 ところで、被告人は勾留中、前記差押許可状請求時ころまでに、昭和四四年一月二二日下着二点、靴下一点、同月二三日シヤツ、パンツ各一点、同月二四日下着四点、オーバー、セーター各一点、同月二八日下着一点の各差入れを受けており、運動靴を除く前記差押三物品中、差押処分時に現に着用していたものはズボンだけであつて他の二点はすでに差入れられた他の衣類と着替えられ、運動靴とともに留置場内のロツカー内に保管されていたと認められ、またズボンの差押にあたつては被告人に、代わりのズボンを着用させたと認められることなどからすると、被告人から前記のような物品を差押えることが特別に被告人に肉体的苦痛を強いるものとは言い難く、被告人の健康管理上特に問題があつたものと認めることはできない。
3 そして以上の諸事情を総合すると、本件差押許可の裁判ならびに本件差押処分は特にこれを不当視することはできないのであり、その他関係諸資料からうかがわれる一切の事情を考慮しても本件差押許可の裁判ならびに本件差押処分を失当として取消すべき事由あるを見出しがたい。
五、よつて、本件各準抗告の申立はいずれも理由がないから、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項により、いずれもこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。